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第88回箱根駅伝を観戦

お正月といえば、箱根駅伝。
今年は、山の神・東洋大学柏原くんのラストランということで、
伝説誕生を期待しつつ、ナマ柏原くんを見るべく5区観戦に行ってきました。
 

陣取ったのは、中間地点の宮ノ下温泉。富士屋ホテル駐車場側入口の最前列。
毎年テレビを見ていると、宮ノ下だけは選手名の大コールで沸いていて、
応援に一体感があって楽しそうだなと思っていたのです。
きっと取りまとめてくれる有志の応援団がいるんだろう、と。

宮ノ下では、応援旗以外に、全大学の5区選手の名前が書かれた紙まで配布。
やはり有志らしい応援団の方がいて、“柏原コール”の練習もありました(笑)
この方が、次に来る選手の名前が書いたお手製のプラカードを掲げた上で
コールを起こしてくれるので、応援が楽しかったです。

 

宮ノ下を選んだ理由はもうひとつ。
宮ノ下名物の渡邉ベーカリー「温泉シチューパン」が無料で配られるのです!(先着1,000?個)
ただ寒い中待つより、シチューパン行列に並んだほうが時間も潰せていいことづくし、ということで。ふふ。

 

ナマ柏原くんですが、色白のつるつる美肌でした。
そして、太腿がものすごく太くてびっくりしました。
柏原くんに限らず、意外とがっちりで足の筋肉がモリモリ。
もちろんものすごくスリムなんですが、体脂肪がなさそうな感じです。
上半身が細いから、中継だけ観ていると華奢に見えるのでしょうかね。
後で聞きましたが、箱根駅伝の選手は体脂肪率4~5%(!)らしいです…心から衝撃。

毎年テレビ観戦していると、引き締まった表情からも強靭な精神力が見て取れて
とても20歳そこそことは思えないなあ、とただただ尊敬なのですが、
近くで見る選手はとってもフレッシュ。
肌がピチピチで、やっぱり若いんだなあ、と思いました。
汗だくも、若いと美しい(笑)
若いっていいなあ、と改めて思いましたよ、はぁ。

それにしても柏原くんの走りは素人が見ても違いました。
足を蹴り上げてから前に運ぶまでが他の選手と比べてはるかに軽々しく早い!
坂道とは思えぬ軽快な足取りで、マッハで走り去って行きました。。。

そして、意外と健闘していた我が母校。
地味に頑張れー、と密かに応援していましたが、2区、3区では3位になっていて大コーフン。
目の前を通過したときは、熾烈なデッドヒートを繰り広げていて思わず大声援。

テレビ観戦のようにレースの一部始終を見ることはできないけれど、
現地は応援は臨場感があってとても楽しかったです。
選手が近づいてくると花火が上がるし、ヘリが近づくし、ざわめくし。
選手の必死な表情とひたむきな走りは、一瞬見るだけでもちょっと感動するものがあります。
バイク中継のカメラさんのすごいスキルにも感心です。

現地の様子で驚いたのは、ロードバイクの多さ!
大手町から同時にスタートして、箱根を目指してきたんでしょうかね?
あと、意外と直前まで交通規制をせず車両を通している上、
最終選手が去った途端、解除されていたことも驚きでした。撤収早すぎ!
箱根周辺は道がないので理解できるんですが、
あんまり余韻を感じさせてくれないんだなあ、と思いました(笑)

 

復路は、5時半起きで温泉に入り、早々にチェックアウト。
8時に箱根湯本駅前で観戦スタンバイして応援してきました。
8時に芦ノ湖をスタートしたばかりなのに、8:40頃には湯本を通過。
坂道を転がり下りてきたのかという猛スピードで、選手達が駆け抜けて行きました。
8位以降は繰り上げの一斉スタートなので、
あまり時間差なく全選手が行ってしまってちょっとさみしかったかな。

終わってみれば東洋大学のすごすぎる完全勝利でしたが、
いろんなドラマがあるなあ、と思いながら、しみじみ録画を観ました。
全力をかけたシード争いには、観ているこちらも熱くなってしまいます。
そして、繰り上げスタートの瞬間ほど、見ていて辛いものはない。。
中央大&神大の執念と、東農大のコンセントレーションには感服。
年明けに素晴らしいものを見せてもらいました。私も今夜からしっかり仕事がんばろ。
 

三浦まぐろツアー2011

親愛なるホップの会、年末恒例の三浦まぐろツアー。今年は日帰り。
三崎まぐろ祭りで正月用のお刺身や魚介類を買い漁ることがメインイベントです。
とにかく安い!なんでもありな乱暴な商売!試食が充実!
おいしい!あやしい!大好き!
商店街のある町で生まれ育ったせいか、
市場の活気あるムードはものすごく好きで落ち着きます。

 

超肉厚なエボダイ3匹1,000円、巨大な真アジ6匹500円、塩辛、エイヒレ、みそ汁用まぐろなどなど購入。
これで、2012年はしばらくおいしいお魚ライフです♡

 

そして、こちらふっくらシラス1kg、2,500円!
ジップロック持参で分け合いました。
おばさん的行動ではなく、デキる女子ということにしてください。

夜は餃子の街蒲田へ移動して全力締め会。
本場中国では水餃子がスタンダードということは、
<焼き餃子×ビール>のコラボは、日本人独自の食文化ではないでしょうか?うーん、すばらしい!
「もう終電か、早〜い!」と名残惜しみつつ終電で帰りましたが、
16:30から24:30まで飲めば十分ですね(正確には11:30から乾杯)。

大阪クリスマスの陣

クリスマスは取材&打ち合わせで大阪へ。
で、先日発掘調査が行われた、大坂城山里丸の現地説明会に行ってきました。

今回の発掘調査は、
大阪市教育委員会と財団法人大阪市博物館協会 大阪文化財研究所が2011年10月から実施。
多聞櫓を構成する礎石や雁木のほか、
寛政年間(1789~1800年)〜戊辰戦争(1868~1869)まで機能したであろう
排水のための大規模な集水枡が見つかり話題になりました。
かなりの高温で焼けて壁と一体化した瓦や、なぜか紛れていた豊臣時代の金箔瓦も展示。
併せて、じっくり見てきました。

 


大坂城で焼けた瓦が発掘、といわれると大坂夏&冬の陣を連想しがちですが、
こちら戊辰戦争(鳥羽・伏見の戦い)のときのもの。
(そもそも現在の大坂城は徳川によって江戸時代につくられたものです)
山里丸は豊臣秀頼と淀の方が自刃した場所ですが、
江戸時代の山里丸はまったく違う姿をしており、
加番と呼ばれる警護役の大名やその家臣の屋敷だったそうです。

瓦、焼けて変形したあげくに壁と一体化してます。
金箔のものだけ豊臣時代のものですが、どうして紛れているのかはナゾとのこと。

 

A、B、C、D地区に分けた発掘調査の中でも、D地区の遺構は形状が良好。
南北3.9m、東西3.0mの巨大な石組みの集水枡が発掘されました。
壁面の石材は、なんと最大一辺150cm、高さ80mにも及ぶそう。
城内の排水システムが明らかになったのですから、こりゃスゴい発見ですよ!
しかも、補強の石垣を積んだり、一度泥や砂を沈殿させて水を排出するなど、
思わず感嘆してしまう仕組みが明らかに見て取れました。これぞ先人の知恵。

寛政年間の絵図に「沙留(すなどめ/すなだまり)」として描かれた四角い構造物が、この集水枡。
排水路を設置する穴から19世紀前半の陶磁器が出土していることから、
つまりは1800年には存在し、19世紀前半に改修され、戊辰戦争で廃絶したことが証明されました。

いやはや、さすが大坂城!
「エレベーター付きでニセモノの大阪城天守なんて見る価値なし!」というのは
まあ残念ながらある意味正解ですが、
やはり、歴史的にも城郭としても価値あるおもしろい城だと思います。

難しい記述はマニアックすぎるので割愛しますが、
単純に、掘ったらこれが出てくるってスゴいですよね?
よくぞまあ、長い年月埋まっていたものです。
逆に、なぜ今まで見つけられなかったのか不思議なくらい。
今立っている場所にも、数百年前の日本の欠片が眠っているもかもしれませんね。

それにしても、真冬にも関わらず熱心な城郭ファンがいらして、
発掘に携わった教育委員会の方を質問攻めにしておられました。
私も気になるあれこれを、横でふむふむと盗み聞きさせていただきましたー。
 

お天気よろし、でしたー。

一般参賀&江戸城西の丸探訪

12月23日は天皇誕生日。恒例の一般参賀へ行ってきました。
12月23日と1月2日、年2回の一般参賀は
皇室御一家にお会いできる貴重な日でもありますが、
普段は立ち入り禁止区域になっている江戸城西の丸(皇居)に合法的に入れる、
お城マニアにとってはスペシャルデーでもあります。

 


江戸城西の丸をさらりとガイドしつつ、お出ましへ。
私は熱烈な皇室御一族ファンではありませんが、
ここへ来ると、これだけの人が集まることがなんとなく納得できます。
慈悲深いお心を感じますし、なにより一般人にはない気品がある。
なにかこう、人として心惹かれるものがあります。
あと、皇后様はいつも体ごと天皇陛下のほうを向いていらっしゃるのが素敵です。

 


一般参賀のルートをざっくり説明。
固く閉ざされている現在の皇居の正門、西の丸大手門を抜け、西の丸へ。
現存の伏見櫓。伏見多門と連なる貴重な遺構を二重橋の上から至近距離で見られます。

 


宮内庁正門の坂下門からも出られますが、
蓮池濠からの富士見多門、現存の富士見櫓を見て、桔梗門(内桜田門)から出ます。
ここでは高麗門と渡櫓門からなる典型的な枡形を見ることができます。
無料で開放されている東御苑(本丸、二の丸、三の丸)はこの日は入れませんが、
こんな江戸城探索もなかなかおすすめです。

昨年は城メグツアーとして一般参賀&江戸城ガイドしましたが、今年は個人的にこっそりガイド。
来年はまた催行しようかな、と思ってます。

 

3月の地震で漆喰が剥がれまくった大手門の壁が
いまだそのままなのが心痛し。。

今年のお誕生日

心の故郷・仙台で過ごしましたが、
今年は生まれてきたことや生きていることに感謝したいな、と思っていたのでよかったです。
震災後初めて親戚にも会えたし、お墓参りにも行けました(お墓、ズレてた、、)。
自分をとりまくすべてことを大切に、1日をていねいに積み重ねたいものです。

ここでお礼をするのもなんですが、
メールや電話、FACEBOOKのコメントやメッセージなど、
たくさんの「おめでとう」をありがとうございました!

独立祝い、誕生日、クリスマスとプレゼントをいただく機会が多く
「何が欲しい?」と聞かれるたびに
「デジタル一眼レフカメラかmac book airが欲しい」と答えましたが
それは誰も買ってくれませんでした。まだ受け付けております。

 

仙台2011〜仙台城の被害について〜

2011年12月現在の仙台城の被害状況。

別のお仕事で、事前に教育委員会の方から被害状況について取材させていただいてましたが、
やはり目の当たりにすると辛いものがあります。
3月の地震でもっとも甚大な被害が出たのは、本丸北側の石垣。
車両・歩行者とも完全に通行止めになっています。

 



国定史跡は国の許可なく勝手に修理や調査をできません。
そのせいで放置状態こなのかもしれませんが、
街の発展と比較すると置いてけぼり感が否めず、ちょっと悲しい。
文化財はなくても生活できるけれど、やはり失ってはならない大切なものだと改めて感じました。

こちら別に書く機会があるので、写真だけざっと載せておきます。

 






 

仙台2011〜光のページェント〜

仙台の冬の風物詩、SENDAI光のページェントへ。

 


東日本大震災で60万個の電球が全損したものの、
実行委員会のご尽力と表参道はじめ全国からの支援で、開催が実現しました。
一瞬消灯してから一斉に再点灯する“スターライトウインク”には思わず歓声。
変化がありすぎたこの地の人々にとって、<いつもと同じように開催されること>は
とてつもなく大きなことなんだと感じました。希望の光になりますように。

 

少しずつライトの色が違うのは、支援のライトだから。
表参道のイルミネーションは小さめで繊細な光でした。

そしてこの夜は、従兄弟に牛タン料理をご馳走してもらいました。
厚切り牛タン焼きはもちろん、トロ牛タンの握り寿司、牛タンしゃぶしゃぶなど。
なんだかホッとした、楽しい夜でした。

仙台2011〜松島&多賀城〜

仙台へ行ってきました。
松島→多賀城→仙台光のページェント→仙台城、というスケジュール。

仙台と石巻を結ぶ仙石線の車窓にはまだ津波被害の爪痕が広がっていて、
何事もなくガタゴトと走行する電車とアンバランスな感じがしましたが、それこそ復興の証。
塩竈港のあたりは漁船もちらほら見られ、
まるでモノクロの世界に色が差したような、静の中の動が感じられました。
ですが、仙石線の運行は高樹町まで。その先(奥松島方面)は「いつになることやら…」だそうです。

 

松島の被害は少なかったと報道されていましたが、想像以上で驚きました。
すぐ隣の東松島市は甚大な被害でいまだに大変な状況ですが、
松島では、湾にせり出すように建つ五大堂も流されずそのまま残っていました。
松島湾の島々が緩衝剤となって津波の衝撃をやわらげ、松島を守ってくれたそう。
これもまた、自然の力なのですね。。
朝焼けは、何事もなかったかのように穏やかでキラキラしていました。

 

思い出の店、五大堂前の松華堂菓子店も元気に営業中。

 


松島は子供の頃から何度も訪れている場所ですが、なぜか今回時間を費やしてしまったのが、円通院。
三慧殿は一見の価値あり。
伊達政宗の息子、2代藩主忠宗が早世した嫡男光宗のために建立した霊廟です。
寄棟造萱葺の<大悲亭>は、その名称からも愛息を失った悲しみが伝わってきます。
光宗公は将来有望な有能な若者だったらしく、それゆえ暗殺説もあるのだとか。
太平の時代とはいえ、まだまだこういった黒い陰謀は絶えなかったのですね。
この大悲亭は、江戸納涼の亭を解体移築したものなので、
江戸で残っている建造物ははないので、移築によって残った貴重な遺構といえます。
小堀遠州の作庭といわれる庭がまたすばらしい。
こちらも江戸から移築したそうな(池ごと移動!)。
秋の紅葉ライトアップはそれはそれば美しいそうです。

 


石庭<雲外天地の庭>も、すばらしい。
<地の庭>はなんてことない石畳のようで、3種類の石で人生を表している。
手前から、生まれたままの割石から叩かれ、磨かれて成長する様。
天水橋が架け橋になり<天の庭>と結ばれるそうです。
光宗公に対し、あの世へ行っても精進して立派な人間になるように、との願いが込められているとか。
愛情とは、ただかわいがることではないんですね。

 



松島を後にして、多賀城へ寄ってきました。
こちらも大変な場所でしたが、現在はだいぶ落ち着いたようです。
多賀城跡のレビューは、改めて書きますね。

この日は秋保温泉に泊まりました。雪見温泉、サイコー。

Chara Live Tour2011“Very Special”

半年ぶりに、崇拝するCHARAのLive@SHIBUYA-AX。
あれもこれも、大好きな曲目白押し。
20周年の〈Very Special〉にふさわしい、不朽の名曲揃いでした。

「毎日淡々と自分を生きることって難しいよね」とCHARAが言ってました。
いつも音楽を通じて、うわべの無意味さを教えてもらう気がします。
次は2月のポピュラーウィーク2012。

皆既月食

理数系はどうにもこうにも苦手で
何度説明されても原理を理解できないのですが、
とにかくものすごいキレイでした。
冬の空は澄んでいて好きです。

【WORK】辰巳出版「お城の手帖」

2011年12月9日に辰巳出版さんから発売された
【お城の手帖】に執筆させていただきました。

お城ムックにしては珍しい、A4の大判サイズ。
お写真大きめ&見やすさ重視の誌面レイアウトで、特集ページはなんと撮り下ろし!
小和田哲男先生の監修ページや三浦正幸先生の解説ページもある、なんとも豪華なつくりです。
合戦、武将、構造と多角的に城に迫った充実の内容ですし、
ビギナーさんからお城ファンまで楽しめる、充実の内容になっていると思います。

私は巻頭特集「完全制覇!姫路城」のほか
「滋賀県125城一挙紹介」「東北の名城38城の現在」など書かせていただいています。
現在工事中の姫路城大天守の様子も徹底取材。
今だからこその楽しみ方もご紹介しています。

全国の書店、ネットショップで発売中。
ぜひご覧ください。

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東北にクリスマスプレゼントを送ろう

参加させてもらっているボランティアチーム「HRH」&「東日本支援ネットワークはぐみ」で
被災地のみなさんへクリスマスプレゼントを送る企画をしています。
●2,000円以内のプレゼント
or
●プレゼント購入代のご寄付
のいずれかでご協力をお願いしています。
もちろん、1人1個でもOKです。

寄付金の場合はHRHがプレゼント&ラッピング、現地への送料ははぐみが負担します。
送付先はこれまでボランティアでお邪魔した避難所や現地団体で、
お子さまの数も確認し、みなさまに喜ばれるものが行き届くよう調整してくれています。
お気持ちを、確実に被災地へお届けできます。

詳細、送付先や振込先はこちら →

ちなみに“ペンギンおじさん”は
東北支援団体はぐみの主催者、我らがリーダーkazさんこと品川一治さんです。
ものすごーくちゃんとした方ですのでご安心を(笑)

不安な場合は、私にメッセージをいただいても。
ぜひ、ご協力お願いいたします。
 

火鍋城で忘年会

女11人でワイワイ、MB友の忘年会。
仕事バリバリ、毎日キラキラ。
パワフル女子の集いは、いつものことながら刺激的です。

このメンバーは、ただ楽しいだけじゃないのがいいんだな。
人生はいろいろあって、それぞれ立場も状況も考え方も違う。
たまに会うだけでは抱えているものを知ることもできないけれど、
別に全員が共有・共感する必要もないし、報告の義務もない。
でも決して、距離を置いて付き合えるからラク、なのではなくて、
遠くてもつながっているような、家族的な安心感がなんとなくあるのです。

いい感じの自分でこの会に参加できるかは、日々のちょっとしたテーマになるかも。
昼間から騒ぎ、おいしいものを食べ、大いに飲むことを、
贅沢ではなくご褒美と思えるように、時間を使いたいものです。

ところでこのお店【蒙古薬膳火鍋専門店 天香回味】の薬膳火鍋、めちゃめちゃおいしかった。
要予約の小龍包も美味。
薬膳というと生薬っぽい独特な香りがしそうですが、この鍋にはうまみしかない!
そして、間違いなく翌日の肌はぷるぷるだ。

「南蛮美術の光と影 泰西王侯騎馬図屏風の謎」展

招待券をいただいていたので、サントリー美術館で
「開館50周年記念『美を結ぶ。美をひらく。』IV
南蛮美術の光と影 泰西王侯騎馬図屏風の謎」展 を見てきました。

西洋画のように見えて、れっきとした日本画。
大和絵の技術や絵具によって日本人によって描かれている南蛮屏風は、
豊臣秀吉の朝鮮出兵の際に名護屋城に随行した絵師たちが
長崎で南蛮船や西洋人の風俗を見たのがはじまりともいわれます。
禁教令によるキリスト教弾圧とともに悲しい運命をたどりますが、
それゆえに制作時期も背景も筆者も特定できない作品が
時を経て発掘されるというミステリアスな側面もあります。

今回の展覧会はタイトルの通り、
桃山時代から江戸時代初期の初期洋風画の傑作といわれる
重要文化財【泰西王侯騎馬図屏風】の制作の経緯や実態に迫るというもの。
本来ならば南蛮屏風に関する感想を書くべきところですが、私が夢中になったのは、南蛮漆器!
南蛮漆器とは、16世紀後半に蒔絵に魅了されたスペイン人・ポルトガル人が
日本でキリスト教祭礼具や西洋式家具を調度し、欧州に持ち帰ったもの。
螺鈿を併用したこの輸出漆器のことを指します。

作品として残るのは、キリストの磔刑図や聖母子像などを収めるための聖龕、
ミサに使用されるオスチアを入れる聖餅箱、聖書を乗せる書見台など。
これは、螺鈿や蒔絵を単なる珍しい流行のアートとして取り入れたのではなく、
格式高い芸術品として、かなり高評価をして採用していたということ。
文化や芸術というと、やはり西洋のほうが歴史も長く奥も深くなりますから、
ざっくりいうと<日本文化はしょせん西洋のまねごと>みたいなイメージになりがちですが、
まだ異国交流がほとんどなかったこの時代に、
世界に認められる芸術が日本にもあったというのは誇らしいことです。

これらの作品を見ながら、
「蒔絵や螺鈿をまったく知らない人が見たら、どこの国の作品だと思うのかなあ?」と想像。
いわゆる海賊の宝石箱みたいなフォルムの【花鳥蒔絵螺鈿洋櫃】などは
日本人の若者ですら、もしかしたら西洋の作品だと思う人がいる気がします。おもしろい。

日本人が南蛮文化にもの珍しさ以上の視点を持っていたことも、なかなか興味深い。
南蛮船は“財や富を運んでくる”象徴で、庶民が憧れを抱く存在だったよう。
憧れや理想からヒントを得たり、新たなものを生み出すパワーが、この頃の日本にはすでにあったんですね。

ちなみに【泰西王侯騎馬図屏風】は会津若松城(鶴ヶ城)の屏風絵でした。
蒲生氏郷がキリシタン大名だったことも関係あるのでしょうかね?
蒲生時代の会津若松城は、外観もさることながら、
内装もかなり絢爛豪華で色彩豊かな城だったのでしょう。

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ヴィーガンカレー屋さん

住宅街に突然ある、ゆるカフェ風の本格カレー店。

こつこつ、好きなものをひとつずつ揃えて、
こつこつ、バランスを考えてものを置いていっている感じ。
だから、シンプルだけどとても楽しそうな空間になっている。

このお店のすばらしいところは、珈琲がおいしいところです。
豆は丸山珈琲、プレス式で一杯ずつていねいに淹れてくれます。
ヴィーガンスイーツもすべて手づくり。
焼き菓子は、通販のほか、京都でも販売しているようです。
好きなことを極めるっていいですねー。

こちらヴィーガンカレーのお店ですが、意外と食べ応えあり。
常時7種のラインナップ。なんとなーく、また行きたくなる味です。

描かれた姫路城

昨日【浮世絵 戦国絵巻〜城と武将〜】について書きましたが、
先月の姫路取材の際に姫路市立美術館で見た
【描かれた姫路城】のことを思い出したので、書き留めておきます。

油彩、日本画、版画など多種多様な表現で描かれた姫路城の絵が展示された、
計77点の特別企画展です。

現実の姿を忠実に描写するのではなく、
位置を示すための象徴として描かれるのが主流だった江戸後期。
付近一帯が軍隊の管轄下に置かれていたせいか、作品が残らない明治期。
少しずつ姫路城が一般人の目に触れるものになり身近になってくる、戦後。
時代とともにその姿や存在が変わっていきます。
時代ごとにあり方は変化していきますが、
常に人々の中に姫路城ないし城が存在していたというのがうれしいところです。

興味深かったのが、油彩の姫路城。
日本の建築物は繊細すぎて、油彩のモチーフには不向きという通説がありますが、
それでも多くの画家が姫路城を題材に取り上げたということは、
概念を越えて魅了された画家が多くいた、ということ。

油絵の姫路城は、それはそれでステキ。
城好きの私から見ても違和感がないし、
「やっぱり城は和の色彩だよなー、なんか合わないや」ということもない。
どの絵も、変にシブい色を使ったり、質感やフォルムを強調したりせず、
そのまま、一瞬を切り取ったような世界だったのが逆によかったな。

姫路出身の日本画家、丸投三代吉さんの【播磨路】はインパクト大でした。
あれもキュビスムというのかなあ。絵の専門的なことはわかりませんが。
無意識レベルの幻想的な世界がダイナミックに描かれていて、
その現実味のない空想の中に、姫路城が小さいながら存在感を放っている絵なんです。
こんなふうに、世の中に城がナチュラルに存在したらいいのに。
城の計り知れない魅力を具現化してくれているようで、うれしくもあったのでした。

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浮世絵 戦国絵巻〜城と武将〜

太田記念美術館で【浮世絵 戦国絵巻〜城と武将〜】を見てきました。

前期/群雄割拠の時代〜本能寺の変、後期/天下統一〜戦国時代の終焉
の2期にわたり開催され、今回見たのは後期です。

江戸や明治の人々にとっても現代のような“戦国ブーム”はあったのでしょうか。
小和田哲男先生の図録中の解説によると、
いつの時代も人々は前の時代を追憶する傾向があり、
江戸庶民にとっても徳川幕府は忌避するもので、豊臣政権への憧れと回顧願望があったよう。
為政者への風当たりは、現代と変わらないのですね。
農民から天下人になった秀吉のサクセスストーリーは、当時も人気絶大。
それが、現代なら伝説に近い“ものすごく前のこと”なんですが、
江戸後期においては現実みのある“ちょっと前のこと”にしか過ぎないんですよね。
そのへんの臨場感や切実さみたいな温度差もおもしろいな、と思いました。

秀吉が絵の主役になるということは、徳川が家臣として描かれるということで、
もちろん江戸幕府が許すはずはなく、どんどん規制が厳しくなる。
そんな中でおもしろいのが、武将の名前の記述。
真柴久吉(=豊臣秀吉)、武智光秀(=明智光秀)、佐藤正清(=加藤清正)、浮島正則(=福島正則)というように、
仮名を使い架空の人物とすることで、幕府の審査をかいくぐっていたというのです。
もちろん、見る側にとっては<久吉=秀吉>と一目瞭然。
というか、幕府側もわかっていたでしょうが、このへんの審査基準はゆるいようです(笑)
戦国時代のことなのに、源平争乱時代や南北朝内乱時代の設定にしているなど、場面描写もハチャメチャ。
絵師のユーモアとフィロソフィー、幕府とのバトルが垣間見えました。
それから、幕末の黒船来航などによる脅威と江戸城炎上をリンクさせて
現代社会を風刺しているのも、なんともアーティスティックで粋。
浮世絵師というのはやはりジャーナリズムも不可欠なんだなー、などと感心してしまいました。

となると、さぞかし徳川家康の勇猛ぶりが崇められるかのごとく描かれているかと思いきや、
家康はじめ、徳川将軍の姿はどこにも見当たらない。
その理由は「徳川将軍は神格化した存在で、容易に描くなどもってのほか」ということだそうだ。
264年の栄華、などとひと言でいうけれど、
徳川幕府もいろいろ自己プロデュース大変だったのですねぇ。。

城の描写に関しては、
たとえばポスターに採用されている歌川貞秀の【真柴久吉公播州姫路城郭築之図】が
秀吉時代の三重天守の姿ではなく、江戸期以降(つまりは現在の姿)の白漆喰壁の五重の天守になっているなど、
<中世城郭であるはずなのに、江戸期の絵師ゆえに、江戸期以降の近世城郭を描いている>
という事実はリアリティがあって興味深かったのですが、
個人的には、浮世絵においての城の存在とか、絵師が城をどう捉えていたかとか、そういう考察がもう少し知りたかったかな。
合戦図も野戦が中心で、城をめぐる攻防というわけでもなかったですし、
戦国大名と城のつながりを感じさせられる説明もなかったのがちょっと残念。
「ああ、これ、城好きじゃなきゃおもしろさに気づいてもらえないじゃないかー」というもどかしさがあり(笑)、
城マニアとしては、〜城と武将〜というサブタイトルにはちょっと違和感がありました。

この手の展覧会に行くと、周囲はご年配の男性が大半なのですが、
明治神宮前という立地もあってか、今回は若い女性の姿が多く見られました。
(だからこそ、もっと城に興味を持ってもらえるよう城をフューチャーして欲しかったのですが…ブツブツ)
なんにせよ、喜ばしいことです。

図録がなかなか充実していそうなので、これからじっくり読みます。

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第8回 人んちカレー会

自家製カレーを持ち寄り、青空の下でみんなで食べる愉快なイベント【人んちカレー会】。

前回はカレーをつくりましたが→ 、今回は断念。全12種類、ひたすら食べました。
食べるだけでももちろんOKですが、せっかくなので次回はつくるぞ、と。

しかし、カレーというのは奥深い料理ですね。
これだけ種類があってもカブらないし、つくる人によって全然味が違うのがおもしろい!
人をつなげ、幸せにできるその魅力には、感動すら覚えます。

 
 

カレー色の帽子でイベントを小粋に演出したつもりでしたが、
そこには誰も触れてくれず、ただの秋らしい装いということになってました。しょんぼり。
食後は、大縄跳び!楽しかったー。平和な土曜日でした。

GKI in 涁

魚介LOVERの集い<club GKI>のお魚ナイトは、念願の【魚介三昧 涁】開催。
お隣のご実家が魚屋さんという、感動しないはずがないお魚料理店です。

メインは、予約必須の「金目鯛のしゃぶしゃぶ」。いや~、美味でした!
お刺身盛り合わせ、銀ムツの煮付け、厚岸生牡蠣、ホタルイカの一夜干しなどなど。
写真は、キンメしゃぶしゃぶを稲庭うどんで〆た後、
さらにぺろりと平らげた、名物「秋刀魚で焼いた焼きおにぎり」。
ごま、シソ、じゃこなどが入った混ぜごはんを秋刀魚で巻きて焼いた絶品です。
「食べきれなかったらお持ち帰りできますよ」の言葉に後押しされてオーダーしましたが、
誰ひとり持ち帰った人はいませんでした。。

おいしいお魚と日本酒をいただきながら、
仕事のことや趣味のことなど、魅力的な人たちと楽しいトーク。充実した夜でした。

結婚式♪

同級生K氏の結婚式。
K氏は実家もご近所、今住んでいる家もご近所。
引っ越すたびに数百メートルずつ近くなるという、どちらかがストーカーとしか思えない間柄でしたが、
そんなK氏もこんなにキレイでかわいいお嫁さんをもらうことに。めでたい!!
もう、めでたいから写真載せまくるね。

 


家族、親戚、友人知人を大切にする2人の人柄とおもてなしの心が伝わる
あたたかくステキな式&披露宴&二次会でした。

乾杯後、私より先に料理を食べだした新郎新婦が微笑ましすぎました(笑)
がっつきすぎではないか!
老夫婦になっても、こうして仲良くゴハンを食べているのでしょう。

 


グルメでセンスがよいK氏。
披露宴はCANOVIANO AOYAMA。
料理がすべておいしい!デザートプレートの内容は人によって違うし!引き菓子もおいしかった!
テーブルコーデも、シンプルながらナイスなセンスだったな。
そしてこれは奥さんセレクトだと思いますが、引き出物がすばらしかった。
iittala、ARABIA、marinecco大好きな私にはたまりません〜☆

 

今日は式にも列席ということで、こちらのお着物。
小紋ですが、訪問着っぽくも見えるものです。帯は華やかに、扇太鼓。
ヘアはかれこれ8年くらい髪を切ってもらっている
A10 OMOTESANDOのJUNさんにアレンジしてもらいました。JUNさんありがとー。

滋賀&京都ゆるり

お勉強モードから解き放たれ、最終日はのんびり湖南&湖西で琵琶湖周辺をドライブ。

 




大津城、膳所城、白髭神社、大溝城、坂本城、比叡山延暦寺に行ってきました。
滋賀県の方がおだやかで親切なのは、この広くておだやかな琵琶湖を毎日見ているからな気がします。
人のつながりを大切にする方が多い気がします。だから、また行きたくなる。

 

ユネスコ世界文化遺産の比叡山。やはり延暦寺の根本中堂は素晴らしかった。
1200年守られ続ける不滅の法灯は神秘的。各々が心にほのかな灯火を持ち帰ることができます。
途中からだったのですが、「間を取ること」のお話を聞いてきました。
順境のときも、逆境のときも、何もないときも。
人のせいにしていないか、責任と誠意を持って取り組んでいるか、人を思いやれているか。
いかなるときも一歩踏みとどまり、自信の言動を振り返るとともに周囲を見ること。
当たり前のことですが、ハッとさせられるお言葉でした。

 

夜は京都に移動して、京都のお友達と楽し〜い京都ナイト。
清水寺&広大寺&知恩院の夜間ライトアップめぐりをして、乾杯!

 

京都ではポピュラーだという「よこわ」のお造りをいただきました。
全国区ではないことにびっくりしていましたけれど、初めて食べたし、初耳。
クロマグロの幼魚のことらしく、赤身とも中トロとも違う味わい。
とろんとまろやか、でもしつこさがなくて飽きのこないおいしさでした。
ブリしゃぶも、京都ではホームパーティーのメニューになるほどポピュラーなのだそうです。

お酒は伏見の竹酒というのをいただきました。さっぱり。
次回は「ぐじ」というこれまた初耳の京都フードを指南してもらう予定。
まだまだ日本には知らないことがいっぱいだなあ!

城メグリスト
 

安土のほんまもんツアー【日本最大級の山城 観音寺城を歩く】

安土のほんまもんツアー2011【日本最大級の山城 観音寺城を歩く】に参加してきました。

中世城郭のスペシャリスト、滋賀県立大学人間文化学部准教授の中井均先生の解説で観音寺城を歩くというスペシャルな1日!
前回の【小和田哲男先生と歩く安土城】もかなり贅沢なツアーでしたが、
またしてもこんな夢のようなプランを実現するとは、安土観光協会さん、すばらしい!

前日は浜松で講演を聞き、翌朝には滋賀で出迎える。
私、まるで中井先生の追っかけのようでした(笑)
今日はたっくさんお話できて楽しかったですー。
中井先生の説明は要点がまとまっていて、トークのテンポがよく私の頭に入りやすい。
そして、さすが関西の方(大阪ご出身)といいますか、ちょいちょいおもしろネタを挟まずにはいられないようで、楽しいです。
こんなことをいうのは失礼かもしれませんが、山城にいるときは本当に楽しそうで、まるで少年のようなんですよね。
私の職業まで覚えてくださっていて、記憶力もよいのでしょうが、
人のつながりを大事にされていて、まず人がお好きなんだなあ、と思いました。

 


以前は時間のない中でさら〜っと見学に終わってしまったので、少し時間をかけて歩けた観音寺城。
といっても広大な敷地なので、今日歩けたのもほんの一部。
写真(上段左上)のレプリカでいうと、左の小さな山が安土城で、右の大きな山が観音寺城。
安土城でキツい方は、観音寺城はかなりハードです。

 




観音寺城は、日本で最初の総石垣の城とされている安土城以前に存在した、
安土城の目と鼻の先に位置する、石垣のある山城。
そして、城が軍事施設だった戦国期において
近江守護佐々木氏が居を構えたこと山上都市であったことが研究上断定できる
ミステリアスで貴重な中世の山城です。
なぜ、できたのか?安土城との違いや関係性は?中世城郭としての特徴は?存在意義は?技術的なポイントは?
疑問と感心が尽きない、山城好きならもう大コーフンの城なのです。

山城に慣れてくると審美眼みたいなものが養われきて、
素人さんなら素通りするただの道のあちらこちらに城郭のかけらを発見できるようになりますが、
やはりまだまだ気づかないことやわからないことだらけで、発見と驚きの連続。
専門的な考察はできませんし、先生のそういったお話にはうなずき感心するばかりでした。

暗渠や開渠、埋門や門跡を部分的に見るだけでなく、そこから全体像を考察したり、
山全体から縄張りや曲輪の存在意義を見ていけたのがとてもおもしろかったです。

 



コースは石坂→観音正寺→観音寺城跡→教林坊。
城内は御屋形跡、布施淡路丸、三の丸、本丸、平井丸、池田丸というコース。
本丸が頂上にないという極めて稀な城ですが(かつて観音寺があったという推察が深まる一因)、
頂上にもいずれ行ってみたいものです。

ランチは、治産地消の安土弁当。
安土商工会安土献立部会さんによる特別メニューです。
赤こんにゃく、ニジマスの甘露煮、琵琶湖産川魚煮、近江牛のしぐれ煮のほか、
湖魚と地場野菜の揚げ物、地鶏の串焼き、老蘇産もみじ玉子の出し巻き、そして私の大好きな丁字麩も。
安土はうまいもんもいっぱいです。

 

滋賀には1,300の城があり、とても制覇しきれません。
(※滋賀に限らず、各県1000くらい城があるといわれます)
安土の夕陽を見ながら、「ああ、滋賀に住みたい!」とまたしても思ったのでありました。

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第18回全国山城サミット in浜松

【第18回全国山城サミット連絡協議会 浜松大会】に行ってきました。
サブタイトルは<徳川・武田争奪の城郭群を生かしたまちづくり>。
前日の日記で述べた通り、静岡には移り変わりと変化の激しいすばらしい城があふれています。

内容はざっと、
・小和田哲男先生の基調講演「徳川・武田の抗争と遠州の山城」
・加盟自治体による全国の山城紹介など
・シンポジウム
 浜松市文化財課「二俣城・鳥羽山城における近年の調査成果について」
 中井均先生「徳川・武田・今川が競った城郭郡を活かしたまちづくり」
 加藤理文先生「高根城の復元整備とまちおこし」
 辰巳均さん「国民文化祭・城跡フェスティバルの経験」
・パネルディスカッション
と、それはそれはもう、興味のつきない学び多き1日でした。

城の専門的な話に食い入るように聞き入ったのはもちろんなのですが、
行政向けの<文化財を生かしたまちづくり>の議論に思いのほか聞き入ってしまいました。
人間ひとりひとりが《財を持つひとつの社会・企業である》と考えるならば、
地域活性化のファクターには共通事項が隠されている。
いかに効率よく仕事をまわし、人生を豊かにしていくかのヒントが。

それにしても、知識や経験を増やすことも必要ですが、人の話を聞き考えることも大切ですね。
背中をバシーンと叩かれた気分でした。

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静岡の城めぐり

山城サミットに先立ち、駿河城、田中城、掛川城、浜松城、二俣城、鳥羽山城をくるり。

 





群雄割拠の時代、駿河・三河・遠江が今川氏から徳川氏のものへと変わるまで、
東海地方では約10年間武田VS徳川のの攻防が続くわけですが、
その時代を中心として城郭も変化し、今川、武田、徳川、豊臣と、
名立たる名将が奪い合い手を入れていきます。
その変貌を追うのがまたおもしろい。

静岡は軍事施設としての名城がたくさんあるだけでなく、
中世山城の調査もいち早く行うなど、文化財の保存整備事業がすばらしい!
それなのにいまいち知名度が低いのは、歴史的な派手さのなさ、家康不人気、
ぐいぐい前に出ない県民性のせいなのでしょうか・・・。

ひとまず次回は犬居城&丸子城に行きたいー。
諏訪原城、山中城、高天神城も再訪希望。

 

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高知3城めぐり

小豆島からびゅーっと移動して、高知に寄ってきました。
先日高知城の原稿を書いていて不明なことがあったので、ちょいと調べに。
高知城、今回は時間をかけてじっくり登城できました。

  

その後歴史博物館など寄りつつ、岡豊城&浦戸城へ。
桂浜の素晴らしい夕陽で1日を終えました。今日も晴れ女でした。

 






レビューはいずれ書きます、という決意表明を匂わす写真たち。

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小豆島 石の歴史シンポジウム

小豆島 石の歴史シンポジウム
「大坂城の石垣普請と瀬戸内の石切丁場」
~世界最大級の大坂城石垣を支えた島石の魅力を求めて~
に参加してきました。

5日は、シンポジウム。各分野のスペシャリストによる基調講演やパネルディスカッション。
6日は、石切丁場跡をめぐる「石の道探訪」と、瀬戸内の海と石をめぐる「石の里クルージング」。





石の写真ばかり載せられても、さっぱりなんのことやらわからないことでしょう。
ああ、1枚1枚ストーリーがあるんですが。しかも、かなり厳選の写真なんですが。
濃密すぎる石の歴史、いずれ書きたいなあ。ちゃんと記事を書きたい。

ひと言でいうと、「大坂城の石垣はスゴイ!」ってことです(ざっくり)。
歴史的石造構造物として価値があり、現代の専門家から見ても技術面で学ぶことが多いそう。
姫路城は世界“文化”遺産なんですが、大坂城はポイントというか存在意義がベツモノで、
世界“土木”遺産として価値がある、というのが結論です。

城を支える石材の魅力と、石材からひも解く城郭史のおもしろさ、
土木遺産の価値についてしみじみと考えさせられました。

このイベント、今年が大坂城天守閣復興80周年ということにちなむようで、
大坂城の石垣の材料である小豆島の上質な石とその文化を掘り下げる企画。
大坂城は「太閤さんの城」などと言われていますが、
秀吉時代の大坂城は地下に埋まっていて、現在の姿は徳川時代のもの(天守は昭和です)。
徳川秀忠の命による天下普請、つまりは現代でいえば国の一大事業なわけで、
一大名が築いた城とは比べ物にならないほど、いろんな意味でハイレベル。
そして、その背景にはおもしろい情勢や人の動きがあるわけです。

文化財として世界遺産レベルの価値があるかどうかは私には判断できませんが、
国指定の遺産がありながら、まったく知られていないのがもったいないなあ、と思いました。
たいていの人が、小豆島=オリーブ&醤油、では?
城や歴史や島や石が好きかとかではなく、観光地としても知名度の低さは否めない。
歴史好きが「こりゃスゴい!歴史的価値がある!」と叫んでいても、
マニアの世界のマニアトークでしかないんですよね。
何事も、価値を伝える、知ってもらうというのは、道のりが長く難しいですね。

宿泊した旅館が先生方と同じで、移動のマイクロバスも先生とご一緒!
車内で繰り広げられる先生方のストーントークはアツいものがありました。
わかりやすく説明してくださり、勉強になるというより、感心と発見の連続でワクワク。
先生方の専門分野が違うので、石材としての魅力、力学的な観点、歴史的な意味などなど
サイドストーリーもさまざまでとても楽しかったです。

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「そだての住人」募集中

10/29&30の「東日本大震災復興祭2011~子供たちの未来のために~」
Food Relation Network×東の食の会 supported by ap bank / kurkku / CAFE COMPANY の
宮城県石巻市雄勝町「漁師の会社 OH!GUTS(オーガッツ)」さんブースのお手伝いのもよう。

私にとっては、小中学生との青空料理教室が楽しい思い出になりました。
(東北支援ネットワークはぐみSさん、写真載せさせていただきました)
石づきを取っているのが私なんですが、小房分けとピーマンの種取りなどを手伝ってもらったのです。
最近の小中学生男子は、家でもちゃんとお手伝いするらしく感心。
「100円もらえるから」と、経済観念もしっかりしているようです。
2人とも利発で素直でなかなかイケメンなので、
このままスレずに成長すれば、仕事も料理もできるモテ男になるんでしょうな、とお姉さんは思いました。
職業年齢を越えていろんな人に出会うのは楽しいです。

 

   

で、OH!GUTSブース。
なんと!朝獲れたばかりの秋鮭を車で運び、調理して提供。しかも激安ということで大盛況でした。
ちなみに全然関係ないですが、秋田では鮭の白子のことを「ダダミ」というそうです。

OH!GUTSさんのプロジェクトはTV番組でも多く取り上げられているのでご存知の方もいるかもしれませんが、
「そだての住人」を募集しています。
牡蠣や銀鮭を育てる作業を見学したり、実際に作業にも加わることもできる、新しい養殖オーナー制度。
牡蠣、ホヤ、帆立、銀鮭から選べます。
「そだての住人」について詳しくはこちら→ ★ 

私も住人になりました。興味のある方はぜひ。
ボラ仲間が毎週のようにお手伝いに行っていますので、そちらもご興味のある方はお声がけください。
一度炊き出しでお邪魔しましたが、雄勝町は本当に美しいところですよ。

 

今週末は漁師メシをどうぞ

10月29日&30日の2日間、「東日本大震災復興祭2011~子供たちの未来のために~」が
国立代々木競技場一帯の会場にて開催されます。
音楽関係5団体が発起団体となり、<音楽、お笑い、食>の力で復興支援を行うイベントです。

Food Relation Network×東の食の会 supported by ap bank / kurkku / CAFE COMPANYに「漁師の会社 ohガッツ!」さんも出店。
雄勝の漁師さんが、獲れ立ての秋鮭を振舞ってくれます。

私は30日(日)9:00〜15:00まで「 ohガッツ!」ブースでお手伝いしてます。
秋鮭あら汁、秋鮭ちゃんちゃん焼き、いくらこぼれご飯の料理補助をしているか、
商人のように物販に精を出しているか、
何の役にも立たず大漁旗を振り回しているかのいずれかです。

ブースは国立代々木競技場オリンピックプラザ「 東の屋台」ストリート。
ランチがてらお越しください♪

東日本大震災復興祭2011~子供たちの未来のために~ →
Food Relation Network×東の食の会 →

利神城の思い出

撮影&取材で、3泊4日で播磨へ行ってきました。
うぉー!楽しかったー!!
発売日や内容などの詳細は、開示できるようになったらお知らせしますね。
すげーいいもん書いてやるぞー、と。

うれしかったことは、2時間ほど取材した方に「あなたには5時間かけて話したい」といわれたこと。
ああ、なぜ時間には限りがあるのだろう。。私も聞きたかったよー。

 

ショックだったことは、利神城が入山禁止だったこと(こちらはプライベート)。
時間をやりくりして、車をぶっ飛ばして行ったのにー。
いや、数年前から入山禁止だという情報がなくもなかったのですが。

 

  
  

こちら利神城。
頂上に、天守台らしき石垣が丸見え!
これだけの山城でありながら、近世城郭ということではありませんか。
「利神城」の看板の脇にも、立派な石垣がチラ見え。
ほかの登城口からだったら登れたのかなあ。。

 

そうそう、利神城の麓で、仕方なしに土塁と石垣を遠巻きに見ていたとき、
ふと視線を感じると思ったら、鹿さんがいました。
襲ってくる気配も逃げる気配もなく、しばし見つめ合ってしまいました。

 

「のどかな田舎町ゆえ、人慣れしているのかなあ」と思ったら、道の駅にこんなノボリが・・・!
つぶらな瞳のかわいいあの子も、ミンチにされて、じゃがいもに練り込まれて、
油でカラッと揚げられちゃうのね。シュールだー。

城メグリスト

祝・結婚

10代の頃から大〜好きな、直之にーさんの結婚パーティーでした。

久々にお着物を着てみました。
結婚パーティーとはいえ、カジュアルな会だったので、小紋に名古屋帯です。
最近叔母から譲り受けて、仕立て直してもらったもの。気に入ってます。
本人のイメージは京風美人ですが、他人の評価はまさかの町娘。

 

今日も相変わらずゆるゆるぐだぐだでしたが、そんななおが大好き。
キレイでかわいくて、気立てがよくて、ステキな奥さまだね。
見ているだけで、私も幸せです。ほんと、おめでと!

うっすら気づいていたと思うけど、
学生の頃、なおがボトルキープしている酒をいつも1cmくらい残して飲んでいたのは私です。
ごめんね。

 

  

それにしても、懐かしい人にたくさん会いました。
変わらない部分に安心しつつ、みんな年相応にちゃんとステップを踏んでいて、相変わらずな自分にやや喝。
そして、せっかくのパーティーだったのに、サッカーの話で盛り上がってしまったことにも反省。
サッカートークは今日じゃなくてよかったな。。
でも、同窓会的な感じで再会できるのもこういう席のいいところですね。

城メグ日記経由で懐かしい顔ぶれを見る人もいそうなので、勝手に写真載せますね。
みなさん、あしからず。